(カメラ助手時代)
高校卒業後、大学、専門学校にもいかずアルバイト生活。
「大箱根カントリークラブ」で お客さんのゴルフスイングを「分解写真」に
するムービー撮影のバイトを経験。
たくさんの有名人、芸能人が来て緊張する。
田中角栄が来た時はゴルフ場内,SPだらけでさらに緊張。
とある有名会社の社長とゴマスリ部下のやりとり。
社長がドライバーで打つ。 部下「ナイスショッート!」
横からキャディさんが、「お客さん林に入りました、OBです」
社長「なにがナイスショットだ!怒」
ホントの話です。 ゴマをするにも慎重に!
その時、使用していたカメラは「ベルハウエル」というゼンマイ式の
16ミリフイルムカメラで「防水・防塵」かっていうくらい雨、風に強い
カメラでした。
親父が「毎日放送」の「制作部長」というえらいさんでしたので親の七光りで
大阪の制作プロダクション「コールツプロダクション」に入社。
派遣されたのは業界用語でいう「BK」大阪のNHK。
ちなみにNHK東京放送局は「AK」 名古屋は「CK」です。
そこで報道カメラマンの助手を経験する。
19歳で高校野球撮影班のカメラアシスタントサブデスクに抜擢される。
(さすが親の七光り!)
思い出に残る番組として「NHK特集・広域暴力団山口組」があり
後に山一抗争で殺害された4代目竹中組長のインタビューのため田岡低に
おとずれました。
そこで照明をたきすぎてブレイカーをとばしてしまう。
舎弟 「どうしたらええんじゃ!」 僕の先輩「エアコンきってください」
舎弟頭 「エアコンきったらんかい!」
舎弟頭や若頭が組長のことを「親分」と呼んでいたことも印象に残っています
もうひとつ「NHK特集・松下政経塾」
有名になる前、今の「民進党議員」が若かりし頃、勉学にはげんでいた塾。
現パナソニックの創業者「松下幸之助」が創設した「松下政経塾」で
「幸之助」インタビュー。
そのインタビューで「松下幸之助」が言ったセリフが僕の仕事人生に影響を与えます。
「成功するにはこつがある 成功するまでやるこっちゃ!」
(ブライダル時代)
梅田玉姫殿 ビデオ部に入社
時はまさに「バブル!」当時は気付かなかったけど。
約15分間の挙式を一人で一日27件ビデオ撮影した。
一日に27件の披露宴をひとつの結婚式場で行われていたバブル時代。
九つの披露宴会場があり、それが一日三回転!
上司に連れられてよく北新地にいきました。もちろん会社のお金で!?
誰にも頼まれていないのに「玉姫殿の歩み」というビデオの制作に
取り組む。
当時の課長、次長、社長、梅田玉姫殿の支配人などの協力を得、
創業者のインタビューに成功。写真部から昔の映像や写真を借り、
創業当時の現場にもいき取材、自分で編集しビデオを制作。
一番大きな披露宴会場で下請け会社が全員集まる「定例会」で
上映会が実行される。見終わった後、創業者から「今見たビデオが
まさに私の歴史であり玉姫殿の歴史でもあります」とお褒めの言葉を
いただく!
思い出に残っているエピソードは「新婦」さんが、披露宴当日、
他の男性と行方をくらまし現れなかった事。
当日なのでキャンセルもできず、親族一同披露宴会場で普通の食事会と
なりました。
披露宴会場は一番大きく値段の高い「コスモス」という部屋でした。
もうひとつエピソード
「一方の親族」が結婚反対だった為、披露宴の最中始終いや~な顔で
シラケきっていた。それをみた「もう一方の親族」が文句を言い、
やがて双方大声でののしりあい!
なんとそのうち5.6人が殴りあいの大乱闘!
司会者はなすすべもなく喋るのをやめ大混乱!
こんなビデオ誰が買うねん!と思いました。
(クラシックバレエ時代)
1990年 「クラシックバレエのビデオ撮影専門会社」に入社
ここでの経験が僕の仕事人生を決定づける。
当時、業務用ビデオカメラはとても高価なもの。
大きなホールで撮影の際もカメラ1台のみというのがあたりまえの時代
今のように予備の固定カメラを設置するという事もない。
テレビや婚礼などはきりのいいところでカット編集する事もできるが
舞台撮影は始まればノーカットですべての映像を使用する事が大前提!
舞台の全景から人物のフルショットまでいかにスムースにズーミング
できるか、又、パンしながらズームをきかす、微妙なななめパンなど
いまだに役立っているテクニックを学びました!
八尾プリズムホールでバレエ発表会にて前代未門の記録?
前日仕込み、当日特別に8時にホールに入れてもらい、9時から
本番開始、終わったのも9時、いや9時すぎてました。
プログラムの切れ目で10分休憩、15分休憩はあったが、昼ごはん休憩
晩ご飯休憩なし、ひとりで12時間撮影!
東京からきていた写真のカメラマン「一生の思い出ができた」の感想。
僕は当時マラソン選手の有森さんのセリフが頭に響く。
「今度ばっかりは自分で自分を誉めたい!」
ちなみに次の年からその発表会は3日にわけて行われてました。
思い出に残っているバレエの作品は「フェアリードール」
日本初演! ロシアからダンス教師、振付、演出の先生を呼び
約3ヶ月間のレッスン、練習風景、リハーサルを映像記録。
ビデオ作成にあたり、当時のバレエ協会関西支部の支部長から
こう言われました。「郡さん、あなたの創るビデオを見て
ロシア政府は彼らの1年間の給料をきめるのです。ぜひ良いものを
創ってください!」本当かどうかわかりませんが、次の年から取材
しやすくなりました。
ロシアのダンス教師の動きがホントに美しくカッコよかった!
この会社にはいまだにお世話になっています。
(フリー時代)
個人で仕事を始めてまず大きな出会いは、能・狂言の撮影を
専門にしている工房Mさんとのおつきあい!
能の歴史から撮影方法、マイクのセッティグまで色々教わりました。
そして元タカラジェンヌの「風さやか」さんとも10年くらい
お世話になりました。
この人のステージはホントに豪華!
有名どころの元タカラジェンヌ10数名がゲスト!
ホーンセクションからパーカッションまですべて生演奏。
神戸文化大ホールは毎回大入り満員!
唄・ダンス、どちらをとっても「風さやか」さんは
元タカラジェンヌとして最高」のパフォーマーだと
思います!
一番しんどかった撮影!
VTR一体型の大きなカメラで、岸和田のだんじりを撮影。
ある地域のだんじりを2日間追いかけた。
朝6時の神事から始まり、あとは日中走りっぱなし。
だんじりに乗って撮れと言われたので乗った。
振り落とされないように柱にしがみつくだけで必死。
後で再生してみれば地面しか映っていませんでした!笑
この時の経験をへて僕の専門は舞台撮影にしようかと考える。
暑さ寒さ雨の心配もいらない。そして走らなくてよい!
年をとってもできそう。
なにより素晴らしい舞台芸術に接する事ができる。
僕のひとつの目標は70歳になってもカメラを持ち撮影する事です。
皆様、今後ともよろしくお願いいたします。